理科の指導案・プロはどこが違うか(相沢陽一)「授業研究」1987.11No.317
「理科の指導案・プロはどこが違うか」という表題をいただいた。
まず、ここでいうプロということばを次のようにふまえておきたい。
すぐれた授業のできる教師である
では、すぐれた授業とは、どんな授業か。
1.子どもに強い問題意識を持たせ続けている授業
2.子どもの多様な考えが生まれる授業
3.手だてが用意周到で、スキのない授業
こういう授業ができればプロ教師と言ってよいと考えている。
言うは易く、行うは決して容易ではない。
スキのない授業であって、しかも、子どもに問題意識を強く持たせ、さらに、多様な考えを生む授業をすることは至難の技である。この至難の技をやりこなすことができる教師は、だこそプロなのである。そういう授業をするために、どういう準備や努力をすればよいのか、そのポイントを述べ、本稿の目的を達したい
1 教材研究こそ
プロ教師は常に、よい授業、すぐれた授業をしたいと願い、授業づくりに取り組んでいる。
そのために、文献研究、実態把握、環境づくり、学級経営などとさまざまな努力をしている。
その中でも、最も力を注ぐのは教材研究である。
それは、教材研究が授業という、最もプロ、の大切にしているものに対して、何よりも影響力を持つからである。
例をあげてみよう。
五年生の「酸素と二酸化炭素」の授業である。
ねらいは、「ろうそくが燃えるとき、空気が使われていることを視覚的にとらえさせる」である。
図の実験をさせることに決め、予備実験に入った。
この実験は、炎gw消えかかると容器の中を水面がするするとはい上がり、大変おもしろい。そして、空気が減少したということをはっきりと示してくれる。子どもたちはきっと喜ぶし、夢中で取り組むだろうと考えた。
私は、ろうそくの長さ、水の量、かぶせる容器を変えて何度も予備実験に取り組んでいた。
ところが、ふとある疑問が湧いた。
それは、ろうそくに容器をかぶせたとたんに、必ず容器からぼこぼこと泡がこぼれ出るということである。
初めのうちは容器のかぶせ方がまずかったのだろうと、気にも留めなかった。
しかし、何度も試すうちに、はっと気づいたのである。
この泡は、ろうそくの炎が容器内の空気を加熱膨張させたためにあふれ出たのである。 そして、考え込んでしまった。
子どもがもし、この泡に目をつければ、実際には空気が減少していても、その事実をわからなくしてしまう恐れがある。
予備実験を何度もしていると、こうしたさまざまな迷いに出くわすことがある。これが苦しみでもあるが、しかし彼に力をつけてくれる。
はたせるかな、ろうそくの号数を変えてみることによってこの問題は解決できたのである。
つまり、できるだけ小さく、炎の弱いろうそくを使うのである。たとえば一号ろうそくである。
一号ろりそくであれば容器内の空気も、あまり膨張させない。したがって泡は出ない。苦労して得られた方法だけに鬼の首を取ったような気分であった。
ところが、まもなく、’その方法は気に入らなくなったのである。ろうそくを小さくした分だけ、炎も水の上昇の勢いも小さくなって、何か物足りないものになってしまった
からである。
もっとインパクトの大きいものにしたいと感じた。
再び考え込み、しばらくして次の装置を思いついた。
要するに、空気と炎を完全に閉じ込め、ゼリーという動きやすいもので、空気の体積変化をはっきり見せようというわけである。
この方法のよいところは、次の二点である。
1 変化が大きく、はっきり見える。
2 炎の加熱というはたらきと、空気を使っていること
の両方わかる。
このように、教材追求は終わりのない旅のようである。
2 理科の指導案は図を多用して
いよいよ、指導案を書く。
理科は板書においてもそうだが、指導案も図を多く使うとよい。
たとえば、左の図に表したような操作は、言葉だけではなかなか説明しきれない。
図というのは文と比べて、一目でわかるという便利さがある。したがって、授業中、ふと指導の順序を忘れたとき、あるいは、板書をするときなどに、ちらっと見直すだけで
思い出すことができる。
授業でスキを見せないためにも図は必ず生きるはずだ。
図のよさは、もう一つある。
それは、授業準備として、実験器具や材料をそろえようとするときに、きわめて能率がよく、しかも漏れがなくなることである。
何をモろえるかということも、一目でわかるし、図で描いてみた分、頭にはっきり残っているからである。
3 発問と指示は精選して
理科授業の多くは、次の段階を追って展開される。
① 学習問題の把握
② 原因や結果の予想
③ 解決方法(観察・実験の方法)の計画
④ 観察・実験
⑤ 結果の処理とまとめ
内容によって、もっと簡略化されることはあろう。しかし、だいたいはこの基本的な流れを踏んでいる。
しかし、この①から⑤を四五分でこなすことは、それほど容易ではない。
そこで大切となるのは、①から⑤にかける時間配分であり、指示である。そして、限られた時間で、子どもたちの思考を深めさせる発問である。
まず、指示をどう精選するかについて述べる。
理科授業の指示で大切なことは、次の三点である。
1.手順を正しく
2.ポイントを強調して
3.手短に
実験などで、多くは初めに操作手順を一通り指示してから、「さあ、始めなさい」と取り組ませる。
しかし、そこでの指示に手順の誤りや不明瞭さがあったり、時間が長すぎたりすると、必ずと言ってよいぐらい実験は失敗するし、事故を起こしたりする。
実験にはすべて緊張感が必要である。しかし、上の原則を持たない指示は、それをくずしていく。
だから、何か失敗をするのである。
1の「手順を正しく」とは、先に述べた実験装置では、上の図のように取り組ませることである。
2の「ポイントを強調して」とは、操作と観察の留意点を明示するということである。
この実験では、次の三点である。
① 火をフラスコに入れたら、すぐに栓をしっかりする。
② ①に続いて、ゼリーの動きを追い、印をつける。
③ ②と合わせて、炎の消える様子を見る。
これらを徹底させるために、図を使うこともよいし、教師がくり返して演示するのもよい。
さらに言えば、リハーサルを仕組めば、まず間違いはない。リハーサルといっても、部分を練習させることである。
私は四年生で初めてアルコールランプを扱わせるとき、点火と消火の練習に20分は使う。
マッチやアルコールランプが怖くて、理科の実験ができるかと考えるからである。
次に発問へ入る。
理科の発問研究は、国語ほどにはされていない。
それは理科にはモノでもって勝負するところがあるからである。モノに語らせることができるからである。それは、音楽の教師が「音楽において、伴奏は発問である」と言うのと一脈通ずるところがある。
しかし、それでも、発問によって授業の善し悪しは決まる。
国語ほどではないが、確かに授業を左右している。
五年の「音」の授業でのことである。
体育館に長いエナメル線がぴんと張り渡してあった。
その一端に震える音叉を当て、子どもたちに、音と震えが伝わることを指や耳で確かめさせ、こう発問した。
「音叉の音の何が伝わってきたんだろう」
授業者は、この「何」を「振動」とか「ふるえ」という意味で使っていたのである。
これに対し、子どもから「先生、音の何って何」という声が上がったのである。
つまり、「先生、何を言ってほしいの」という質問なのである。
授業者は一瞬、戸惑い、ほかのことばを探している様子であった。子どもたちも、ざわめき、何かを言い合っていた。授業がよどんだと思った。
この場面を除いて、全体として子どもの反応が実に活発でょい授業であったので、余計に心に残っているのである。
この授業で、教師は、最初のこの発問を、次のように三つに分けて言うべきだったのである。
発問一 「音叉をたたくと、音叉はどうなりますか」
発問二 「震えている音叉をエナメル線に触れさせるとエナメル線は、どうなりましたか」
発問三 「では誰か、この音叉から出た震えや音がエナメル線をどう伝わっていくか、動作でやってくれませんか。できれば、体を震わせ、ウーソとうなりながら、やってください」
きっと、楽しく、分かりやすい導入になったはずである。
さて、初めの実験装置に戻る。
私は、この装置をいきなり子どもに見せる。いきなりと言っても、そろり、そろりと提示する。
子どもの気を引くためであり、全員が集中するための間を取るためである。
次に、装置のしくみを簡潔に説明する。要点は次の二つである。
①栓をしても、フラスコと管の空気はつながっている。
②ゼリーは動くふたになっている。
そして、次の発問をする。
発問1 「もし、ろうそくに火をつけたら、このゼリーは、上と下のどちらへ動くでしょう」
ここでの発問として考えられるのは、類似したものに限ると、次の三つである。同一部分は省略して書く。
① どうなるでしょう。
② このゼリーは、どうなるでしょう。
③ このゼリーは、上と下のどちらへ動くでしょう。
どれが、一番よいのか。
この判断は、授業の意図によって決定される。
私のここでの意図は次の三つであった。
1 容器内の空気の量の変化に早く目を向けさせたい。
2 第一予想、つまり討論に入る前の予想では、できるだけ誤答を誘いたい。
3 討論の対象となる第一予想のバラIティーを絞っておきたい。
①では、ゼリー以外のことについて予想が及ぶ可能性を持つ。②では、ゼリーの動きについて考えるだろうが、正解が多く出やすい。
こうして、私は③を選択した。
結果は、次のような反応として現れた。
発問一に対する子どもの予想(第一予想)と理由
・上がる(空気が加熱されて膨張するから)……9人
・下がる(空気が使われて減る)…………………18人
・上がって下がる(加熱されいったん膨張するが、
やがて冷やされて下がる)…………………………3人
動かない(酸素が使われても、かわりに二酸化炭素ができる)7人
正解は「少し上がって、大きく下がる」である。
この答えは、第二次予想では一四人に増えたが、現象を起こした理由については、六人しか正答できなかった。
子どもに感想を書かせたところ、
「ちょっと難しかった。でも、とても深い理由があるのだとわかった。楽しい授業だけど、疲れた」ということであった。
発問と指示については、理科でもけっしておろそかにしてはならないことを教育実習生の授業を見て、いつも感じる。
行動の最後まで指示せず、先にふくらませた風船を与えてしまったある教生は、風船電話の授業が一五分間できず、金切り声を上げていた。子どもたちは、一五分間、風
船でバンーボールに夢中になってしまったからである。
発問や指示は、理科授業ではビールにおける水のようなものだと思っている。ホとフや麦芽のような主役にはなれないが、水が悪くてはけっしてうまいビー・ルはできないからである。
おわりに
お前はプロ教師か」ときかれたら、「まだまだ、アマチュアです」としか言えない。
ただ、プロだと思う教師の授業や彼らの指導案づくりの様子を何度も見てきた。少しでも早くその域に達し、さらに乗り越えたいと願っているし、努めてもいる。
本稿はいささか荷の重い表題であったが、自己挑戦のつもりで書いた。十分、目的を達したか心配でもある。
読者諸兄姉のご批判をいただければと思う。
<名古屋市東区大幸南ー愛知教育大学付属名古屋小学校>