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物と力

2013年1月17日 (木)

「力学教育をどうするか」 林 淳一 『理科教室』 1983年Vol.26No.14

 はじめに
 近代自然科学のなかで,もっとも早く成立したのは力学であった。コペルニクスにはじまる地動説,とくにケプラーの惑星の運行とガリレーの落体などの地上の物体の運動とを,同じ基本法則(運動法則と万有引力の法則)で統一して説明できることを示したのは
ニュートンであった。
 プリンキピア(自然哲学の数学的原理)が出版されたのは1687年であり,力学の基礎が築かれたのは17世紀のことであるが,この基礎の上にさまざまな力学現象が解き明かされるには,解析学の発展が欠かせないし,力学の理論の形式と手法が完成するのは18世紀末までかかることになる。実さい,オイラーが剛体の運動方程式(1758年)と流体の運動方程式(1761年)を作り上げたのは18世紀の中ごろのことであり、ラグランジュの『解析力学』は1788年、ラプラスの『天体力学』は18世紀も終わりの1799年のことであった。
 こうした力学の成功は物理学の他の分野さらには他の自然科学にも強い影響を及ぼし,力学を典型として他の諸科学も整備されることになった。さらには,自然界のすべての現象が力学的に説明されうるはずだと考える18世紀の機械的唯物論を形成するまでにいたったといえる。
 いまさら,こんなことを言うまでもなく,力学を学ぶことは,物理学さらには他の自然科学を体系的にとらえるために欠かせないことである。しかし,上に述べたような力学の教育は,どのような段階でどのようになされるべきか,また,このような力学の教育がなされる以前には,どんな教育がなされるべきであるか,は明らかにされていないように思える。そこで,こういう問題をめぐって日ごろ考えていることを述べて,いわゆる“力学教育”をどうするかを考える問題提起あるいは素材提供をしてみたい。
“力学教材”はどうなっているか
 “力学教材”というコトバがよく使われているが,その場合の力学とは何をさすのであろうか。少なくとも,上に述べたような意味での力学とはどこか違っているのではないかと感じるのは筆者だけではあるまい。しかし,今のところ適当な換えるべきコトバが見つからないめで,ここでも“力学教材”というコトバを慣用にしたがって使うことにする。
 学習指導要領によると,小学校では1年に「動くおもちゃを工夫して作ったり動かしたりさせながら、風、ゴムなどのはたらきに気づかせる」、2年に「おもりで動くおもちゃを工夫して作ったり動かしたりさせながら、おもりの重さ、付け方などによって、動きの違いがあることに気付かせる」、3年に「閉じ込めた空気に力を加えたときの様子を調べ空気には弾性があることを理解させる。風車の回っている様子を調べ、風の強さによって物を動かすはたらきに違いがあることを理解させる」とある。4年に「てんびんを作って、そのはたらきを調べ、物の重さは天秤などで測れることを理解させる」、5年にはなくて、6年に「てこを使って、力の加わる位置及び大きさを調べ、てこの原理及びそれを利用だ道具について理解させる」とある。
 中学校では,学年指定はないが,おそらく1年を予想して力という項目があって,「観察や実験を通して,力の基礎的な性質,3力または3力が1点にはたらくときの力のっりて理解させ,力の量的な見方を養う」として,小項目に,力のはたらき,力のつりあい,圧力が上げられている。もうiつは3年を予想される運動とエネルギーという項目があり,「観察や実験を通して,物体の運動及び光・熟・電流のする仕事について理解させ,エネルギーの移り変わりについての初歩的な見方や考え方を養う」として,小項目に,運動,仕事,光・熱と仕事,電流と仕事,エネルギーが上げられている。
 高等学校では,1年に新設の共通必修科目「理科I」に力とエネルギーという項目があり,その小項目に,力と運動,落体の運動,仕事と熱・エネルギーの変換と保存が上げられている。
 2・3年で選択履習する物理には力と運動という項目があり,その小項目に,各種の運動(円運動・単振動,万有引力),運動量(運動量、力積、運動量の保存)、気体分子の運動(気体の法則,気体の分子運動)が上げられている。このほか,波動という項目があって小項目に,波の性質(縦波と横波,波の伝わり方,波の干渉・回折),音波「音波の伝わり方,共鳴,共振),光波(光の進み光の干渉・回折,スペクトル)が上げられている。(見やすくするためにゴチック体にしたのは筆者である)
 ここでは紙幅の余裕がないので“力学教材”以外の項目を掲げることはできないが,“力学教材”が理科のかなりの部分を占めていることは言うまでもあるまい。これだけ多くの時間をさいて多くのことを教えているにもかかわらず,大学に進んでくる学生でさえ力学の基礎が身についていないのは,狭い意味での教え方が悪いとかではなくて,もっと根本的なところに間違いがあるように思えてならない。
なにからはじめるか一初等教育
 先にもふれたように,力学は近代自然科学のなかでもっとも早く成立し,物理学の他の領域さらには他の諸科学の成立に当って,その典型として,またその基礎を与えるものとして,重要な役割を果した。それだけに原子論とともに力学は近代自然科学を体系的にとらえるために,また近代の自然観をとらえるためにも欠かせないものであり,力学教育の重要さは言うまでもないことである。
 しかし,子どもたちが,いや私たちが,私たちの身のまわりの自然の事物や現象をとらえていくとき,(その背後に力学の素養が欠かせないとはいえ)力学が直接前面に現われるようなとらえ方からはじめるわけではない。まず,現象の主役である事物とその性質
をとらえることからはじまる。それを量化してとらえるなどはその次のことであって,
それを力学法則を基礎に説明し予測するなどはさらにすすんだ段階でのことである。われわれが力学法則を意識するとしないとにかかわらず,どんな自然現象にも力学法則は貫徹しているし,それが力学の基礎を与えることにつながらないはずはないが,力学法則とその適用を意識的に問題にしない段階で,これを“力学教材”と言ったり“力学教育”と言ったりするのは適切でないように思える。こういう拡張解釈をすすめてい,くことが,力学法則とその意識的な適用を問題にする狭義の力学教育をどの段階からどのようにすすめるかを明確にすることを妨げているように思えてならない。
 話を元にもどすことにしよう。自然の事物と現象をとらえるには,まず事物そのものをとらえることからはじまる。ある場合には,それがわたしたちにとって何の役に立つものかという,どちらかと言えば社会的な効用から始まることさえあるように,狭い意味の自然科学的なとらえ方だけに限定できないこともある。前後,左右,上下など事物の位置関係,さらに,方位,時刻と時間などは事物をとらえるために欠かせない。
 事物をつくっている材料,金ものとそうでないもの,それらの中で重要なものとモれの特徴を知り,それを選りわけたり使いこなせるようになることも大切なことである。とくに,材料の機械的な性質を知ることの重要さを指摘しておこう。
 事物を量としてとらえるための物の重さ,事物が空間を占めている容積である物の体積などは,固体や液体状の物とちがって目に見えない気体をも物としてとらえるためにも欠かせないことである。
 事物を扱ったり作ったりするには,ハサミやノリや紙やすりやドライバーなどが使えなければならないし,切削や加工などり簡単な道具が使えるようにすることがたいせつでる。もっとすすんでは,テコや滑車や輪軸などの道具が使えるようにすることも必要であ
ろう。
 これらはすべて力学と密接な関係をもつものではあるが,力学教育というよりは,自然の事物をどうとらえていくかという観点から位置づけるべきで,これが初等教育(これをすぐ現在の小学校教育とはいえないかも知れない)で欠かせない内容であろう。蛇足かも知れないが,ここでは,力学法則を直接にも問接にも教えようとは考えていないことを付け加えておく必要があるかも知れない。
力をどうとらえさせるか一中学校
先に述べたようないわゆる近代力学の教育は,中学校になってもすぐ始められるわけではない。そのまえに,いわゆる静力学の基礎的な内容を学び使いこなせるようにしなければならない。
 力学で使う力の概念は元来筋肉の緊張感にもとづくものと言えるが,日常わたくしたちは,もっと広い意味に使っている。この力学での特定した使い方を身につけることのむずかしさは容易に解決できないだけに,今後のー層の検討が必要であろう。しかし,力の概念をどう形成していくべきかについては,かなりの蓄積がある。
 物体に力が働けば多少の差はあれ必ず変形やる。この逆に物体が変形しているときは,たとえ力が働いていることが直接にはわからなくとも,必ず物体に力が働いているはずだと判断できるまでになることが必要である。また,力は2物体の間に及ぼしあう相互作用であって,作用の力があれば必ず反作用の力があることをとらえさせる試みがなされている。  I
 とくに,板倉聖宣氏が仮説実験授業のテキスト「ばねと力」を提案し,「物に力がはたらくと,その力の方向に動きだす。反対向きの2つの力がはたらいて,一方の力が大きければ,大きな力の方向に動き出す」ことを力の原理として提起してから,この段階での力の学習は飛躍的に発展し実践的な裏づけもすすんだと言えよう。
 われわれの身のまわりの現象では,地球が物体に及ぼす重力(万有引力)を知ることは欠かせないし,物体を支えている抗力,モの動き出すのをさまたげているまさつ力などについて,モれを知り使いこなせることが必要である。この段階の力学では力の平行四辺形の法則を教えることが中心であるようになりがちであるが,これは重力,抗力,まさつ力なをとらえさせた上でのことであり,いくつもの力が働くときの合力の概念を与えること
が先で,その合力を求める方法として平行四辺形の法則をとり上げるようにしたいもの
ある。(極端な言い方をすれば,平行四辺形の法則など教えなくともよいとさえ言えるのではないだろりか。)
 今回の学習指導要領の改訂で,仕事は3年に追いやられて「運動とエネルギー」という項目のなかで運動の後で扱われることに変わった。これは,運動とエネルギーの学習の順序をどうするかという問題であり,早急な検討が望まれる。
 これまでのいわゆる力学教育では,運動法則とさ・まざまな運動を扱ってから,仕事,運動エネルギーと位置エネルギーの力学的エネルギーの保存を扱い,仕事と熱の同等性から一般的なエネルギーの転化と保存へと拡張するすじ道ができ上っている。この道すじを取るとすると,どうしてもエネルギーは,かな
りな時間を要する「力と運動」の学習をおえてからということにな,つて,エネルギーはかなり後でなければ教えられないことになってしまう。事実,エネルギーは3年の終りに扱うことになって,義務教育課程をおえるまでに,エネルギーを使って自然現象を追求していくことなどは不可能になってしまっている。果して,これでよいものだろうか?
 これは私見であるが,近代力学をとらえることはそんなに容易なことではないが,運動エネルギーや位置エネルギーは,運動法則などを知らなくとも,ある程度の理解はそうむずかしくはないし,使えるようにすることもできる。とすると,いわゆる静力学的な力の概念が使いこなせるようになったら,(運動法則などを学習させる以前に)仕事を教え,力学的エネルギーさらには一般的なエネルギーヘとすすむ学習を組むことができるのではないだろうか。これは単に力学教育の内部問題ではなく,義務教育課程における自然科学教育の教育課程を考えるさいに欠かせない問題であろう。
 いわゆる近代力学の学習にさいして,これまでも指摘されてきたように慣性の法則が使えるようにするのはむずかしい。これに加えて,にユートンの運動方程式か力と加速度の
関係式としてとらえられているために,2階微分量である加速度につまずいてしまう。それで,物体に力が働けばその速度が変わる。この逆に,物体の速度が変わるときには,物体に力が働いていることが直接にはわからなくとも,必ず物体に力が働いているはずだと考えられるようにすることを身につけさせるべきであり,これを使ってさまざまな力学現象をとらえられるように出来ればよいという考えが出されている。また,力学的な振動を扱い,とくに物には固有振動があることと共振を扱うことも提案されている。現行の中学校の理科では音波は扱うことになっていないが,振動を扱えば力学的な波動(音波も含む)も扱えるようにもなろう。
 もう一つ大切な問題として,力が物体を回転させる働きをあらわす力のモーメントは教えなくともよいのかという問題があるが,これも今後の検討をまたなければなるまい。
 以上に,種々今後に問題を残しながらも,少なくとも義務教育課程で教えておかなければこらないことを私見として述べてきたが,別の言い方をすれば,いわゆる近代力学を教えるのは高校教育あるいはそれ以後のことであろうということでもあることを申し添えておこう。
高校の力学教育の問題
 高校の選択科目としての物理では,力学の基本的な内容を,つまり運動の基本法則と,それを使って簡単な運動が扱えるようにすることを期待したいのだが,力学の内容が新設共通必修科目「理科I」と選択科目「物理」とに分断されていることが,まず問題になる。「理科I」では「力と運動」と「落体の運動」があり,モの内容の取扱いについて,直線運動における運動の法則などを扱うこととあるだけで,「物理」の中の「力と運動」は,各程の運動として,円運動,単振動,万有引力が扱われる。ことさらに運動法則という項目をかかげなくとも,その内容がとらえられればよいのだから,項目のあるなしは問わないことにするが,この部分が力学教育のもっとも中心をなすべきことであるだけに,「理科I」で扱い切れるのか? もしできるとすれば,その残りを扱う物理の力学はどんなことこなるのだろうという疑問も生じる。
 今年度から新しい選択物理は始まったばかむだから,今のところその評価は出来ないが,これまでの経験からすると,高校の力学はいわゆる試験問題を解くだけに偏って,簡単な力学現象を解き明かしていく力学に固有な方法,さらには力学が他の諸自然科学の典型と基礎を与えていることなどは扱われてもきていない。また,力がわかれば力学はわかったといえると言われるように,力というコトバは日常的な意味から,物体を変形させる力,さらには物体の運動状態を変える力と,同じ力というコトバを使いながらも,力というコトバで表現される内容の理解は深められていかなければならない。そのさい,E.マッハの指摘を待つまでもなく,物体の運動状態を変える力の概念をとらえることは,簡単なように見えて生やさしいものではない。というのは,教科書的な問題でない現実の力学現象の多くでは,どんな力が働いているかがまずわかっているわけではない。力がわかっていれば運動方程式を数学的に解くことと,これを実さい当てはめる問題にすぎないが,実さいには運動の現象的なとらえ方は一応できていても,そこにどんな力が働いているかがわからないのがふつうである。つまり運動状態の変化から力を知らなければならないのである。こういう力のとらえ方ができるようになることは容易なことではないかも知れないが,力学をとらえるためには欠かせないことである。
 本格的な力学の教育をどりするかは,これまでほとんど手のつけられていない問題だけに,それをどうするかを明らかにすることは大変な問題である。もっと直接的には,高校での力学教育は,中学までの教育をふまえて何を目標としてどう組み立てていかなければならないかの議論を起すことからはじめなけ
ればなるまい。
 力学教育については,このほか論ずべき問題は多々あるが,与えられた紙数もづきたので,これくらいにさせていただくが,本格的に検討がはじめられることを期待したい。
(東京歯科大学)
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