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2013年1月22日 (火)

授業を組み立てる力どう身につけるか【小学校】(岡田 良治)教育科学「理科教育」1987.12 No.244

 はじめに
 理科の授業を参観させていただく機会は多い.事前の準備が行き届き,授業は先生と児童の問答のやりとりで順調に進んでいく.実験の方法も先生が予め大きな模造紙に順序よくまとめられてお呪児童はそれを見ながら実験活動に入る.結果はどのグループも同じようなのがバッチリ出た.それらの芒果をもとに,先生が「今の実験でわかったことは?」とたずねると,いくっかの手がさっと上がり,先生の期待したとおりの答が返ってきた.参観の先生方の中には感心したような,満足したような顔をしている人もみえる.しかし,この授業は先生が本時でおさえようとした学習内容にはゴールインしたであろうが,それが一人ひとりの児童にどれだげ吸収され,児童の納得そ’るものとしてとらえられたであろうか.積極的に挙手した児童を中心とする何割かの者だけに身についたにすぎないのではなかろうか.もしそうならよ,それは授業の組み立て方に問題があったかも知れない.教師は事前に一人ひとりの児童がそろって学習にかかおる授業の組み立てを考えたであろうしか.また,目標達成の手だてをどのようにし,この授業を通してどんな力を児童に培おうと考えていたのであろうか.
 授業の組み立ては展開もさることながらいろんな要素を念頭におかなくてはならない.たとえば,          十
 ①すべての児童に何をとらえさせるのか(学力保障)
 ②どのような能力を培おうとするのか(成長保障)
 ③それには,どのような教材を持ち込むのがよいのか(教材の設定)
 ④どのような場の中で,どんな活動をさせるのか(個の確立)
 ⑤教師のはたらきかけは,どうあるべきか(教材と児童へのかかおり)
等々,心がけるべきことがらぱ数多い.以下,標題につしヽて事例をあげながら考えるところを述べてみたい.
  1 日標の設定
 授業を行うに際しての目標は,児童にとらえさせたい自然認識としての目標と,授業を通じて児童に養っていきたい物の見方,考え方,扱い方としての能力的な目標とがある.このほか,自然に対する興味・関心・感動する豊かな心なども目標に含まれる.
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 (1) 自然認識としての目標 この目標は達成目標といわれるように学習内容としての知識・理解が中心になる.これについての目標設定にあたっては,指導内容ことになる.基礎・基本とは何か,両者をはっきり分けることは困難であるが,1つの考え方として水平・垂直構造として考えることができる.水平構造とは例えば,1年のアサガオの成長過程と折々の世話,2年のヒマワリの育ちと日,当り等,1年から6年までの一連の積み上げである.垂直構造とは生命を基盤に植物教材を貫ぬく発芽から成長,繁殖としてのサイクルと,それにかかおる水,空気,温度,日当り,肥料,土等の環境としての要因である,要は認識の連続と発展を十分意識して目標設定を行うということになる.
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 (2)科学する力
 科学する力とは,いいかえれば自然を調べる能力や態度といえる.この能力は形として外からは見えないだけに,授業の際,知識・理解の目標に比べその力点が軽くなることが多い.しかしながら,この能力こそが理科学習を支えるものであり,児童の成長保障として指導の過程を通してしっかり育てていかなくてはならないことがらである.
 この能力は大きく分けて,思考・判断にかかおるものと操作技能にかかおるもの,それに,自然の事物・現象に目を向け,取り組もうとする「いどむ心」としての態度的な面とがある.
 思考・判断には,事物・現象を比べ,共通点や差異点を見つけること,部分と全体を関係的に見ること,事物・現象の中にみられる相互関係や規則性を見出すこと,わかったことを他に適用することなどがある.自ら自然を追求していく力を育てるにはこのような推理,判断,関係づけ等の思考活動を授業の中に位置づけていくことを十分意識する必要があろう.
 さらに,児童が科学的に学習を行う視点としてに筆者の学校では下の3つのことがらを学習の姿として現われることを期待している、
 ①みつける.  ②いかす.  ③すすめる.
 「みつける」は,疑問や矛盾を見つける,多様な発想や情報・資料を見つける,問題解決後さらに新しい問題を見つける等である.「いかす」は問題解決にあたり,過去の学習経験やコミュニケーションの交流から考えを改め,深めていくことであり,「すすめる」は追求活動をすすめていくことで,学習に対する意欲と解決への見通し,計画とその具体化等をさす.これら3つは学習のプロセスを表すものではなく,学習の過程の中で必要に応じ児童の活動として現われることを期待している.
 追求する子ども像としては,「もとめる子」「あらわす子」「つなげる子」「試み,たしかめる子」「まとめる子」など,一連め活動が学習の姿として出てくるよう指導の中ではたらきかけていきたいものである。
 (3)目標の具体化  
 授業の組み立てにあたっては,以上に述べたように単元め内容面からと児童につけたい能力面からの両視点で考えることになるが,目標の具体化については単元の指導内容から洗い出す作業が必要になる.これについては参考文献が数多く出ているので,それらをもとに指導者のねらい合ったものをつくり出すようにすればよいだろう.
 下は6年「草むらや林の植物」の単元を観点別に目標をあげたものである
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 2 教材の選定
 一般に生物を扱う単元はやりにくいといわれる.それは適切な素材が身近に得られない,指導のタイミングを合わせにくい,数が多く必要,植物については児童の関心がうすい,探求の過程にのせにくい,などがその理由と考えられる.しかし,指導者の見方,やり方を変えればこれらの問題も乗り越えられるものである.「草むらや林の植物」もやりにくいといわれる単元の1つであるが,目標に照らして適切な素材と場を見つけてみよう.
学校の運動場や中庭には,いくら都会の中といっても必ず草むらや樹木があるものである.それらは運動場のすみや建物の周り,遊具のあたりなど,いくつかの場所で見つけられる.また,草がむらかって生えていたり1木立ちの樹木や2~3本くっついて植えられていることもあろう.さらに,一歩学校を出ると、地域に応じて野原や川原、公園等もっと多様な場所見つけることができる.下はそんな場所での事例である.
〇こんでいるところ
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〇林の外側
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 セイタカアワダチソウの群落を観察し,育ちの様子が日当りや互いの影響のし合いに気づいた後,林の木々の育ちも同じようなことが見られるのだろうか,ということになり,学校の近くの小さな林を調べることになった. このとき,問題意識として,日当たり,温度,しめりけ,下草の様子等に目を向けようと児童の話し合いの中から観察の視点が出てきた.
 3 授業展開と形態
 理科学習は基本的には問題解決型ですすめられる.いわゆる問題把握から課題の明確化,予想・仮説,観察・実験,結果の考察こやまとめ等の過程を歩みながら自然のしくみやきまりをとらえていくとともに,自然を追求する態度や能力を培っていこうとするものである.ところが,理科は問題解決型の学習でなければとか,探求のプロセスでなければと強く意識しすぎて,児童の実態や教材の特性を軽んじてしまうことはありはしないだろうか.
 (1)児童の実態をふまえて
 小学校1年生の児童に上のような学習過程を持ち込めないことば誰れもが承知していることである.低学年の児童には課題をつかんでも,それに対する解決への手だてや見通しを待った上で対象にあたることはできない.彼等は「考えてから歩くのでなく,歩きながら考える」という時期だからである.例えば,「動くおもちや」の単元では,教師が見せる演示を見て「やってみたい」「わたしにも出来そうだ」と活動への意欲を高め,自分なりのイメージをもとに,作る→試す→作り直す→試すを繰り返す.この間に,彼なりに考え,工夫し,周りの情報をとり入れ活動に没頭する.そして,この過程で考える力や情報を処理する力,ねばり強く取り組む意志や態度,手先の技や操作する技能等,理科的な総合力が身についていく.
 こう考えるならば,低学年には活動の内容とレベルと,教師の投げかけ,励まし,個別的指導形態等,授業の組み立てにあたって考えておかなければならないということになる.中・高学年においても児童の実態を十分把握した上で指導に臨むことは同様である.
 (2)児童に根ざした授業を
 先に述べたように,問題解決の流れが絵に描いたような授業を見ることがある.このような授業を見るとき,教師の指導技術のサイドから見るのと,児童の立場に立って,児童にはこれでよいのかと見るのとでは見え方,感じ方がずい分違ってくる.教師に目を向けたとき,よく洗練されていると見えた授業でも,それは問題解決というコースを脱線しないで見事にゴールインしたというだけで,満足感,充実感を味わっているのは当の教師と一部の児童にとどまっているに過ぎないということはありはしないか.こうならない為にも「わたしの学習」が成り立つよう考えねばなるまい.それには,次のような留意点が考えられる.
 ①一斉授業の中にも,個別活動の時と場を保障する.②学習の過程に「考えて書く.人に話す.人と話す」場を必ず入れる.③児童の体験や経験をとり上げ,授業に生かしてやる.④学習したことがらを「わたしのことば」でまとめさせる.⑤自分の学習をふり返らせる.
 (3)教師は目標を,児童には目的を.
 指導案には「……に気づかせる」とか「……ができるようになる」とか教師サイド,児童サイドの目標があげられているが,指導案を指導者の手引き,参観者へのガイドと考えるなら,大人には授業のあらましは分っても,児童は先生が何を意図しているか知りようがない.児童には学習活動として出来るだけ具体的に本時は何のために何をするのかという目的をはっきりさせてやりたい.少なくとも,先生のいわれるままにやっていたらゴールイソしていたという授業にならないようにしたいものである.
  おわりに
 授業を組み立てるにはどうすればよいか,ということで以上述べてきたが,これらは,いねば当然のことで特に新鮮味はないかも知れない.しかし,楽をしてよい授業を組み立てる方法などあろう筈がなく,また,人の真似をしてもそれと同じ授業にはならないものである.要は自分なりにいろいろ考え試してみること,そして,自校・他校を問わず多くの授業を問題意識をもってみることではなかろうか.その中から必ず自分なりの持ち味を生かした個性的な授業が生れてくるものである.
          <大阪府池田市緑丘・大阪教育大学附属池田小学校>

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