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2013年1月22日 (火)

授業を組立てる力どう身につけるか【中学校】(左巻健男)教育科学「理科教育」1987.12 No.244

 はじめに

 関口芳広さんという20代つひとから手紙をもらった.法則化運動に参加している若者である.彼は,私の著書を読んでの感想をくれたのである.
 そこに,「ぼくは,先生より1O歳芳い.10年たったら,先生を追い抜きます」と記されていた.
 私は,新任のころ,科学教育研究協議会の“授業熱中中年“の方々に出会った.彼らは,そろそろ定年を迎えたり,定年間近になっているが,今乱授業への意欲ぱおとろえていたい.いわば,理科授業キチガイである.
 彼らを追い抜こうとは,全然思わ々かった.追いつきたいとは思った.彼らのように,いつまでも授業;こやりがいを感じられるひとになりたいと思った.そこで,関口さんに,次つごうと返事をかいた.

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 ぽくが新任のころ,科教協の先輩たちぱ神"のようだった.追いつけない,と思った.今は,何とかくっついているけれど,スゴイ人たちがいることはたしか.玉田泰太郎氏も,その一人である.
 追いつこうとは思わない。僕は,僕なりの授業をやっていくしかない.
 関口さんは,“追いつぐことを考えるのですね.
 追いつくとか,追いこすという人生観は,一直線上の競争主義のにおいがします.ぼくなら,その道からはずれて,違った道を歩きます.
法則化運動は,誰かさんが“新努力主義"と命名した一直線上のおっかけっこを好む人が多いようです.向山氏など,授業では追いつけるでしょう.でも,あのセンスは,時間をかければ身につくものではないと思います.
 というわけで,関口さんは,10年たってもぼくを追い抜けないと思います.ナーンテネ.
(以下略)
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 私は,追いつく,追い抜く代わりに,開き直って,“コック煮精神”をもつようにした.イイものは,イイ.だから,自分にとってのイイものをゴッタ煮にして,授業をつくろうと,というわけなのだ.
 そんな私が,「授業を組み立てる力をどうつけるか」を語るのである.さ
て,どうなりますか.

  年に一つの単元をがんばる

 欲ばって「アレも,コレも」とやろうとすると,みんなダメになってしまう可能性が強い.
 私は,サークルの仲間だちと「年に一つくらいの単元は,がんばってみよう」と言い合っていた.「焦ることはない,じっくり力をつけていこう」と思ったのである.これが良かった.先ず気分がラクになった,
 担当の学年が決まると,「よし,今年は,この単元をがんばるぞ」と決意する.決意したら,サークルの仲間たちに宣言する.やる9きゃない,と自分を追いこむのである.
 私は,大学でも大学院でも化学と化学教育を専攻した.出が,工業高校の工業化学科だから,化学とのつき合いは長い.だから,はじめは,がんばろうとする単元は,化学分野が多かった.
 次には,最も不得手な電磁気にチャレンジした.
 サークルの仲間だちと,宇宙や生物のテキストづくりもした.
 そんなことを何年か続けていると,中学校の理科のかなりの部分が,一度はがんばうた単元になっていた.
 今では,どの単元も,「こんな授業がやりたいな」という具体的なイメージがおいてくる.イメージがわかない単元は,“骨だけの授業’゛になりがちで,そんなに時間もくわないものだ.それがイメージがおいてくると,“骨にゆたかに肉がついた授業“になって,時間もかかる.時間のやりくりが大変である.

  先ずイイものをマネすることから

 既して,マネをバカにするひとが多い.マネをバカにして,ずっと低いレベルの授業をやっているひとこそ,本もののバカである.
 マネばっかりのひともいる.仮説実験授業学派の「消費者」の方々だ.授業書づくりは,少数の「生産者」のしごとである.
 私の授業は,仮説実験授業がスタートだった.だが,仮説実験授業キチガイにはならなかった.科教協ク)何人かの“先達“に出あってしまったせいもあるし,授業書の「消費者」のままでは,授業が上達しないのではないかと思ったせいもある.
 世の中には,いろいろあるんだ,と仮説実験授業を相対化したのだ,
 世に公表されている授業書なり授業プランは,机上のものは別だが,実際の授業の結果をフィードバックさせてつくられている.だから,下手にいじらない方が良い.いじるのには,それ相応の力量が必要である.
 イイ授業書なり授業プジソを追試するなかで,授業の組み立て方が身についてくる.そういう授業体験だけではなく,授業実践に裏うちされた「理論」や授業記録・授業プラソを学ぶことだ.そうすると,自分でつくってもポイントをはずさなくなる.
 私は,新任のとき,仮説実験授業の「ばねと力」という授業書を使った.
 「ばねと力」の構成は,①地球の引力とばね ②ふつうのものとばね③ばねやものに加わる力 ④3つ以上の力のつりあい,となっている.内容は,地球の引力→磁石の引力→力の原理→万有引力と重さ→力の大小と力の矢じるし→ばねののびとひっぱる力→重さと力の単位→種々のばねとその性質→ふつうのものとばね→ねじりばかりと力の変形→机のはねかえす力→反二-カの伝わり方→3つ以上の力のつりあい→力のたし算→浮力や滑車への視わたし,という流れだ.
 これは,仮説実験授業の草創期に板倉聖宣さんが,上廻昭さんや庄司和晃さんらとっくりあげた授業書である.この授業書には,それまでの力学教育ご裳果が盛りこまれているとともに,板倉さんの科学史研究の成果が存分に舌かされている.しかも,教育実験として,何回もの授業をもとにしては改善を加えて,つくり上げたものである.この授業書こそ仮説実験授業の典型であり,代表である,と私は考える.
 新任のとき,この授業書をつかった授業をやったのは,私にとっていろいろな面でプラスになった.
 授業とはどんなものか,子どもの認識をさぐるとはなどの問題意識が生じt.とくに仮説実験授業というと,あの独特な授業運営法に目がいきやすいが、ポイントは,子どもたちカレ「予想」の段階から科学の最も一般的で基礎釣な概念・法則・理論を想定した「仮説」をもつ段階にまで引き上げるために一連の問題を課すというところである.だから,授業の組み立て方について,多いに参考になるのだ.
 私は,若いひとたちに,「『ばねと力』だけは,一度は授業にかけてみなさいよ」とすすめている.              ‥

  力の導入をどうするか

 さて,それでは,私が「ばねと力」に相当する中学校1年の「力」の単元をどう組み立てているかを語ることにしよう.
  「ばねと力」で,最も印象に残ったのは,「力の原理」である.
  「力の原理」とは,
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1 ものに力が加わると,その力の方向に動きだします.
2 反対向きの二つの力が加わっていて,一方の力が大きければ,大きな力のほうに動きだします.
3 止まっているものに加わる二つの力が反対向きで大きさが同じならは、そのものは動きません。
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というものである.アタリマエといえばアタリマエの内容であるが,この内容を承認することと自然界にこの原理を適用できる,使えるということとは全く別である.
 もう一つは,「物質のばねモデル」である.「どんなものでも,ばねの性質をもっ七いる」ということで,抗力概念を直感的に理解するのに役立つ.
 この二つは,私の「力」の授業の組み立ての中核として欠かせないものだ.さて,「ばねと力」が最高の授業書で,これ以上のものはない,というならいつでも「ばねと力」をやることにしよう.
 しかし,授業をしていて思うことは,「力の原理」を,いざ適用する段になると,原理を適用せずに,常識的・直観的判断にたようたり,その結果に対する納得がとても弱いということだった.
 「ばねと力」の常識的直観が敗北する最初の実験問題をみよう
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 ばねに加わる力に注目して「力の原理」を適用すると,AもB屯,ばねの両端に加わる力は同じ大きさだから,同じのびというように考える.その際,Bで,ばねを左の方に引く力は常識的・直観的にはわかりづらいが「物質のばねモデル」による抗力概念でイメージできるというのである.
 「ばねと力」の授業書の流し方では,実験結果として常識的直観派が敗北しても,討論の段階で,はたして力の原理派が相手を説得できるかというと,つらいのではないかと思う.この問題でいえば,私は,Bのおもりのない側が固定されているところに着目する.ひもが固定され七いるところを引っぱれば,そこは少し変形して,ひもを引っぱり返す.Bのばね乱左の方に引っぱられているとみることができれば,そのとき「力の原理」が適用できなくても,「力の原理」派の言いぶんを納得しやすい.すぐ原理を,では
なく,先ず現実をみるのである.
 「力の原理」は,動力学的内容をふくんだ原理である.力には,運動状態を変えるはたらきもあるが,物体を変形させるはたらきもある.
 もっと,「変形」を前面に出すことで,力を実感的に理解することができるのではないか.そんな問題意識で,理科教育界をみわたすと,極地方式研究会の「変形と力」とか玉田泰太郎さんらのプランが目に入ってくる.

  「ばねと力」のように,「物質のばねモデル」のお話をするのではなく,「あらゆる固体がばねの性質一弾性-をもっている」ことを,実験もふくめてとり扱うものだ.物と子どもたちのかかおりあいを重視したものである.

その後,私の授業の導入部は,概略次のようになった

 子どもたちにエキスパソダーのばねをみせる.のばしたり曲げたりしてから引き伸ばしている状態で「さて今日の問題.こうしているとき,ぼくの手はエキスパンダーのばねに力を加えているか」と課題をだす.「物の変形と力」のスタートである.ばねをもとにして,弾性・弾性限界・そ性を教える……

 次の時間には,ガラス棒や鉄棒をぶら下げて教室へ向かうに「君たちのまわりにある物で弾性があるものを探せ」と指示.子どもたちは,いろいろな物で,力を加えて変形するか,力を加えるのを止めると元の形にもどるかを実際に確かめている.いろいろな物の名前があがる.そのうえで,弾性がないと思いやすいガラス棒や鉄棒を扱う.「このガラス棒に弾性はあるか」「この鉄棒に弾性はあるか」という課題をだすのだ.子どもたちは,生活経験をもとにしたり,今までの授業で学んだことから考えたりする.
 3時間目には,ピアノ線やレーザーの装置などをかかえていった.レーザーの装置は,光てこの光源に用いる/机に力を加えたときの変形を拡大してみせるのである.

この授業も,次回にはさらに改善されることだろう.

 おわりに

 私が試行錯誤中の「静力学」を題材にして,私がどう授噺を組み立ててい
るかを述べてみた.少しでも役に立てばいいなと思う.

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