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2013年1月23日 (水)

理科工作の力量どうみにつけるか(実野 恒久)教育科学「理科教育」1983.12No.244

 「理科工作」ということぱは,「図画工作」と異ってまだ市民権を得ていない.理科学習では「作る」活動が重視されていて,理科の製作活動を理科工作と呼び慣わしている.落ち葉遊びや石ころ遊びなど天然物を使う遊びから,ベルやモーターの工作,実験器具装置作りなどを含めて,理科工作という.
 図画工作では色・形・素材を対象としているが,理科工作では構造・機能・素材を対象にしていて,そのねらいは異なっている.殊に理科工作は,理科教育の一環であって,工作の過程に科学的思考と科学的技術の指導が大切であることは,いうまでもない.たとえば風やゴム,おもりで動くおもちゃ作りは,理科工作では作って動かしておしまいであってはならない.そこに子どもは,何に気づきどのように工夫を重ねていくか,そして初歩的であるとはいえ原理がわかることに,理科工作はねらいをおいている.
 子どもと科学技術をドッキングさせるには,動くおもちゃを手作りさせるのが最も効果があるというのが,私の年来の主張である.かつて付属小学校の教諭をしていたころ,担当クラスの子どもの過半数が,工学や理学の学位を持って今第一線で活躍してくれていて,その動機は小学校理科における工作の楽しさであったという.指導の工夫によって,子どもは理科工作の楽しさに熱中するものだ.毎年夏休みに兵庫県立嬉野台生涯教育センターで3泊4日,県下から理科工作の好きな小学生100人が集まり,毎日朝9時から夜
9時まで創作教室を開いているが,子どもは飽くことなく次々と理科工作の課題に挑戦、そのすさまじいパワーに驚かされる。子どもってこんなもんだ。
1 アイディアと工作技術
 昨年の8月に読売新聞から「ダンボール動く手作りおもちゃ」の連載を頼まれて四苦八苦.先ずダンボールの特性の分析吟味からはじめ,接着剤の選択試験や工作用具の検討,それに,なじみやすいアクリル系塗料の比較実験と,例によって基礎知識の獲得に努めた.次にどんな構造・機能のおもちゃを作るべきか,それによって子どもは何かわかるか,しきりにノートに書いてアイディアをおり重ねる.この道すじが理科工作では大切だと考えている.
 それぞれ異なった機能を持つ動くおもちゃを,10点ほど作って紹介した.その反響はかなり大きく,新聞を見たと母子連れが次々と来宅,もっと他にかいか,幼児に作れたいか,作り方のコツを教えて欲しいなど,母親の熱心さに感服した.小学校の先生が誰一人来られなかったのは残念だ.
 それらの期待にこたえようと,9月1日から,1日に1点の手作りおもちゃを工夫して工作する課題をたてて挑戦することにした.徹夜して朝方にやっと思うような動きができたことも再三である.
 アイディアは昔から,鞍上(今でいうなら電車の中で),枕上(寝ながら),架上(便所の中で)で生まれるといわれているが,全くそのとおり.工夫するから工作といい,考作するから巧作になり好作になる.そのくりかえしり1年を続けた.数がたまるとマニアになり,工作に酔っぱらいやすくなる.このことは絶えず警戒し続けた.各テレビやラジオ,新聞にこめことを紹介されると,さらに継続せざるを得なくなった.
 数多く作り続けていると,工作技術が著しく上達した.技術が進むと,新しいアイディアが自然と生み出されてくる.アイディアと技術が相互作用をするものだということは,経験から悟った智慧である.
 これをすすめられてまとめたのが「ダンボールおもちゃ(保育社カラフブックス)」で,小さな本で十分に述べられなかったが,このいきさつについて紹介したつもりである。
2 先ず己をしてつかしむべし
 自分が実際に体験して得た経験と智慧は,あらゆるところで必要に応じて取り出すことができる.これを「身につけた」というのだ.
 理科工作の指導では,特にこのことが大切だろう.
  「己をして先ず,なすべきところにつかしむべし,しかして後に,他人に教うべし.心ある者は,かくて煩(わずらう)ことながらん.(法句経)」
 自分が実践し実証し確信して救われてから,人に教えたならば,きっと安心して事を成しとげるであろうという.いささか説法くさいが,真理だと思う.先生とは,こうありたいものだ.・
 夏休みの自由研究や理科工作展は,年中行事として各地で花ざかりである.
 大阪市西区日吉小学校も理科工作展を企画したが,動くおもちゃ,光るおもちゃ,音の出るおもちゃと課題をしぼった.半数の子どもが参加してくれればと願っていたが,全児童が思い思いの工夫工作を持ちよって,先生方は予想以上の内容に感動され,あの子どもにこんな工夫ができたのかと,子どもを見なおしていられた.というのは,子どもに課題を出す以上は先ず教師がやってみるべきだという年来の学校方針で,まず丁先生の動くおもちゃ展」を開いた.それに得意な先生は水を得た魚のように,不得手な先生は仲間のヒントを得てそれなりに楽しい工夫展になった.それを見た子どもは,
 「うちの先生はようやるな.先生に負けないアイディアを出そう」と,新鮮な期待にあふれ,先生も自分の経験と智慧で,適切な助言ができたようだ.
 校内のこの工夫工作展は大きな反響を呼び,講堂いっぱいに展示された工夫工作に,父兄の参観も相つぎ,殊に児童全員による評価・投票により各賞が選定された,子どもは友人仲間から認められることが誇りのようだ.テレビがこれを紹介し,父兄の学校への関心と期待は一挙に高まったという.子どもは「次はいつ開くのか.こんどはもっと工夫して.」こうして自分で課題を持ち,いつも構えていくことに大きな効果がある.
 同校ではまた,フライティングカーニバルを催し,紙グライダーやプロペラ機を飛ばし,滞空時間や飛行距離,機体のバランスの美しさなどを競った.例によってまず先生方がそのことを体験しあい,休み時間はそのことの工夫に熱中され,子どもは先生に負けないぞと興奮状態になったという.
 学校はイベント屋であってはならないが,「子どもの可能性を育てる」という言葉の美しさに酔っているだけでなく,まず何をなすべきか,それにふさわしい動機づけや刺激が必要であろう.それには丁先ず己をしてつかしむべし」が大切である.
 3 教科書の理科工作はおもしろくない
 こんな声を,子どもからも先生からもよく聞く.私は昭和23年以来,理科検定教科書を書き続けてきたが,昔に比べると理科工作の工夫は,ずいぶん進んだものだ.しかし教科書の宿命があって,一般図書のように理科工作をおもしろおかしく書けない.ともすると,本末が転倒しやすくなりやすい.理科学習での工作は,それがスタートであって,そこから子どもが自由に,工夫創作への翼を広げて発展させるものである.どのように翼を広げさせていくかは,教師の力量にまつところだ.
 理科工作は,単なる工夫やアイディアであってはならないことはいうまでもないが,これらを軽視してはそれこそ,子どもにとっておもしろくないものに終りやすい.どのように工夫改良していくか丿工夫する技術」を身につけたいものである.
 工夫する技術は,体験的に身につけていくものであり,人によってそのパターンも多様で,一ロにいえるものでない.「あなたはどうして次々にアイディアを生みだすのか」とよく尋ねられるが,その答はない.ただ体験からいえることは,必要さに対決したときに,今までにこだわらないで,いろいろに視点を変えて,見たり考えたり扱ったりするくせが身についているからかも知れない.物を見ても 自分ならこう考えると構える.
 近ごろ,各市教員センターの活躍が盛んで,毎月の事前教材研修会が充実・してきたレこれらはできるだけ積極的に参加すべきである∠雑用に追われて忙しいが,それらは家に持ち帰ってもできることで,研修担当者はそれなトりに工夫した内容を紹介しているはずである.まず見て資料を集めることである.私も大学のあいまを見て,各市のセソターヘ参観に出かけるLそ亡ではすばらしいヒントを得られることが多い.自分だけで考えていると,行きづ壇った壁を破りにくいが,他のヒントによって大きく開けていぐ市のセンターによっては,マンネリ化していて魅力に乏しいというのか,参加者が少なくなっているところもあるが,それとて反面教師として得るものがあるはずである.まず見歩いて資料を集めることが,理科工作の力量を身につける手近な方法であろう.
 過日もあるセソターでの動くおもちや教材研修会に参加したが,担当者が徹底した材料を用意して,次々とおもちや作りをさせられた.参加者はただ与えられたキットを組み立て,たくさんのお土産をもらったというに過ぎなかった.どうしてこの構造にしたのか,なぜこの素材を選んだのか,子どもに指導してどんな反応であったのか,自分の経験的苦労の紹介が欲しいと感じた.参加者は担当者の苦労の擬似体験でもよい,工夫していく過程や手段を知りたいと願っているものだ.               ‥
 また,理科教育誌などには,工夫した理科工作例の紹介記事が多い.これらは見て終らさないで,自分で実際に真似てみる.いねば追跡実験である。この体験の積み重ねが,自分の力量になっていく.しかも自分ならどうするか,もう一ひねり工夫できないか,絶えず考えていく.もし他の材料に置き変えたらどうなるか,つけ加えるべき物や取り除べき物はないか,他の場合に当七はめられたいか,理科工作の工夫はいわば思考訓練といえる.
 韓国の教育委員会からコソタクトがあったが,理科工作の研究にエソジソがかかったらしい、いずれ日本に追いつくのは、現代工業生産だけではないようである。
 4 理科工作の素材を探す楽しさ 
 適切な素材が見つかると,理科工作は一段と前進する.素材の認識不足から工夫に行きづまっているときに,それを見つけ得たときの喜び牒作った者でないと味わえない.理科工作の力量をたかめるには,まず,素材を探す楽しさを体験することである.
 枚方市香陽小学校は今年から,理科の教材教具研究に取り組むことになった.「東急ハソズヘ行った人は?」に誰もいなかった.私鉄線の違いからだろう.近ごろ手作りクラフトの流行で,各地に大なり小なり,クラフト材料店が多くなってきた.これらには理科工作の素材となる必要なものが揃っている.東京や大阪の東急ハンズはその最たるもので,大阪天王寺のそごうホップなど,大型店も次々とオープンしている.早速に東急ハンズに出かけた先生方は丿これは教材に使えそうだ,これで理科工作ができる」とあまりにも買いこみすぎて,帰りは困ったという.
 大阪各市のジョイフルアサヒや神戸のサンプラザ,奈良のオレソジハウスなど専門店も多いが,百貨店やスーパーにもタラフトコーナーを常設している.また台所コーナーや日曜大工店など,探せばどこにでも見つかる.これらを知的好奇心を持って,暇のあるときに見てまわることである.理科工作の力量は,どこに何を売っているかを知っていること.必要なときに適切な素材があって,理科工作は果世るものである.
 逆に何かに利用できそうな素材を手にとって見ていると,理科工作のアイディアがひらめく.経験の浅いころは,この方法も効果がある.
 果して香陽小学校の先生方は,各学年で競ってすばらしい教材教具が生み出されてきた.理科工作が不得手だという方の多くは,素材の認識不足によることが多いようだ.キット工作やプラモデルなど,与えられたワクの中で工作していると、自分の考えで自分が作る自己実現を失わせるのだろう。ぜひ素材を探す楽しさを体験したいものである。
 5 今の子どもは不器用でない
 子どもは不器用だというのは,新聞や雑誌などのマスコミにおどらされているので,実態はかえって昔より巧みになっている.鉛筆が削れないというのは,電動鉛筆削り機が普及して小刀を使う必要がなくなったために,訓練の機会が少なくなったためだろう.江戸時代の子どもが現代の大人は,わらじも編めない不器用さというのと同じだ.便利な工具が出まわっているとはいえ,それらを正しく使い慣れる訓練が必要である.子どもが手作りをする必然の立場や必要の意識へ追いこむ指導が大切である.それには理科工作が最適だといえる.素朴な材料が手を加えられて,次第に自分の考えた物へ変身していく過程に感動を持ち,思ったような動きをしたときの喜びを体験させたいものである.
 各地のカルチャーセンターや理科工作教室で,実際に子どもたちに指導してみて,適切な助言や支援があれば,子どもは自分の発想を確実にものにしていくことを経験した.この適切な指導は,並太低でできるものでないが,先ず自分が工夫工作してみて,子どもならどうするだろうかを考えていくと,自然と得られるものである.まずコツを会得して,そのコツを子どもに助言することが,理科工作の指導のコツである.教師の体験と思考と知識が経験となり,その積み重ねによって,理科工作の技術を身につけることができる丁理科工作の力量,どう身につけるか」の問いに対して,その答はこれしかないご私などは工作技術が拙く生まれつきの不器用だと嘆いているが,理科工作に意欲を持って次々に挑戦していけるのは,子どもに理科指導をしていく上に,必要で欠くことのできない価値を認めたからである.ここでは理科工作論を述べるよりも,私の体験から得たことを紹介しようと考えた.
                         <神戸女子大学教授>

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